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中国丹霞が世界遺産になった 福建泰寧を

時間:2010-08-10 09:48:17作者:sysadmin

 

中国丹霞のご紹介
北京時間8月2日5時5分にブラジリアで開催している第34回世界遺産大会では「中国丹霞」が正式に「世界遺産リスト」に登録したと発表された。「中国丹霞」は福建泰寧、湖南莨山、広東丹霞山、江西龍虎山、浙江江朗山、貴州赤水丹霞山の丹霞山の六ヶ所を含む。専門家によると、中国の丹霞地形の自然形態及び地質構造は典型的なものが揃っているという。広東丹霞山を代表とする壮年期の丹霞地形や、福建大金湖を代表に青年期の丹霞地形、江西龍虎山を代表に老年期の丹霞地形などがある。  
福建泰寧のご紹介
福建省西部都市-三明市に属している。総面積1540平方キロその内、丹霞地形が252.7平方キロを占める。総人口13万。2005年に連合国ユネスコ総会に評定された世界地質公園は面積492.5平方キロがあり、大金湖、上清渓などを含む。泰寧は福建省武夷山に続く2番目の世界的な観光エリアとなった泰寧は中国重点風景名勝区、国家4A級観光区でもある。  
福建泰寧の観光地のご紹介
玉華洞★★★
福建省将楽県玉華洞は2億7000万年前に形成され、長さは約5キロメートルに達し、典型的なカルスト地形。洞内の岩石はまるで玉のような光沢を持つことで有名。また、玉華洞は洞穴医療法の「天然病院」とも呼ばれ、内部温度が長年18度ぐらい保ち、Ionと微量元素が富んでいて、気管炎、関節炎に利くという。  
泰寧古鎮・尚書第★★★
泰寧の町は昔は「金城場」と呼ばれ、前漢の頃、びん越王の無諸の狩猟場であったが、南唐の中興元年(958年)に県に昇格し、宋・明の頃には繁栄を極め、「漢唐古鎮、両宋(北宋と南宋)名城」と言われるようになった。また、李綱(宋の名臣)、朱熹(宋の著名な儒学者。朱子学の祖として知られている)、楊時(宋の著名な儒学者)などの歴史上の知名人たちがこの地に滞在し、学問を広めたこともあり、この小さな町から状元(昔の科挙の試験で一位にランクされた読書人)2人、進士(宋以後の科挙試験で郷試・会試・殿試に合格したもの)50余人が輩出したことなどは、泰寧の悠久な文化の伝承の証となっている。泰寧の町にある「尚書第」(明・清の頃の部長の官邸)という古い建築物群は、明の初期から清の末期にかけて築造されたもので、面積合計1万2700平方メートルにも上る。役人の屋敷、祖先を祭る祠堂、一般の民家、商店、牌坊(中国式の鳥居)など、中国の古代の建築芸術の粋が凝縮されている建築物が、整然と建ち並んでいる。  
寨下大峡谷★★★★
2004年6月に発見された三角形になっている三つの谷で、龍のように体を曲げて山に横になっているように見えるから「金龍谷」とも呼ぶ。連合国の専門家に「世界地質公園のサンプル」と呼ばれ、泰寧の初めての地質科学研究路線である。ここの地質景観と生態環境が優れて、世界的なレベルと誇っている。  
上清渓★★★★★
福建泰寧東北部、金湖上流に位置する。全長は50数キロメートル、景色がきれい、“99曲、88浜”といわれる。水面の最も広さは20メートルを越えない。筏下りは上清渓の最も楽、最も楽しめる見学手段である。ただし、雨季が多くて、充分に観光できない場合がある。  
大金湖★★★★★
福建省北西部の武夷山脈中部区間の南東側にあり、面積約38平方キロメートル、金渓の上流に「池潭」水力発電所を建造し、水を堰き止めて形成された人工湖である。水は鏡のように澄み、懸崖、滝、古木、花がそこかしこに見られる。また金湖のシンボルである水上の丹霞地形は、分布地域が広く、さまざまな種類が揃い、奇岩怪石が多いといった特徴のある、中国国内でも希少な景観となっている。1994年、国家級の風景名勝区に指定された。  
福建泰寧へのアクセス手段

関西/福州(国際線ZH便で約3H)      福州/泰寧(高速道路バス移動約5H)

関東/アモイ(国際線NH便で約4H)     アモイ/福州(高速列車で約1.5H)      福州/泰寧(高速道路バス移動約5H)

「中国丹霞」は世界遺産になった経緯

20世紀90年代に「中国丹霞」を世界遺産として申請することが各方面から合意した。

2006年12月に世界遺産へ申請する仕事を始めた。

2009年1月23日に「中国丹霞」をユネスコ総会に世界遺産として申請し始めた。

2010年8月2日に「中国丹霞」は正式に世界遺産リストに登録した。

 

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